Garakuta集め

出会いにタカラモノもガラクタもあった。

OH! gi-riのオカーサン! 11

義理のお母さんは引っ越しして近くに住むと、

兎に角、「お母さん」だった。

 

お母さんって呼べるようになったの多分、お母さんが

私を頼るようになってきてからだ。

 

それまでは、

「義理のお父さんと義理のお母さん」だった。

 

この10回での結婚の始まりを書くと、細かい事は多々あった。

この頃の私は若くて疑心暗鬼で、自分の親も頼れなくて

弟妹ともなんか歯車合わなくて、仕方ないけど、

友達にもサラッと結婚ってそんなもんだ。とか、

伝家の宝刀「仕方ない」で結論を出され、太刀打ちできず、

もがく自分が極めてバカなのだろうと思ってたし、自分は賢い人間では無い。

そんなもんは判ってたけど、現状と最低限の大きくない思っていた事との

齟齬に折り合いが付けられずにいた。

 

私は家出をした事もあったし、それでも寄り添う事を選んで

前夫と復縁した。家出から復縁の道のりはまた、あったけど、

自分の我をどう折り合い付けるかが、自分のキーポイントだった。

 

そこから考えが変わった。

 

というか、矯正した。

 

アイデンティティとかもったら、結婚は上手くいかないと思った。

 

なにせ、私は我が強すぎるし、一般的な家庭と少し違っているから、

自分の家庭のカテゴライズに自分の生活を収めようなんて無理。

 

それなら、父親が昔持ってきたお見合い話に乗ればいいのだ。

当時の私には、その話は「てめぇで生きれねぇ」と思って父のお見合い話を

全て蹴散らしていた。

今思えば、勿体ない話だったかもしれない。

 

でも、身の丈に合っていない話が多かった。

 

私は一族の中でも見た目が一番異端だったし、それを自分に良しとしていた。

その反動で、自分の無い夫を選んでしまったのかもしれない。

 

そんなのは、離婚する前に痛く感じたが、それでも自分が選んだ人だし、

妻だし、なんも二人で苦労して当たり前だと思ってた。

 

義理母は、あまり深い事を考えてないのか、策士ではなかった。

 

あくまでも

 

自分のイイと思う事を突き進むタイプで何よりも情に厚い

お母さんだった。

 

そして、トコトン、女の性質を持っている女性で、

 

私と気の合う所は、着物だった。

 

あと、負けん気が強く、粘り強く

いかにも、昭和の理想的な子供や夫を大事にする

でしゃばるお母さんだった。

でも、いつも本当は優しくいてくれたんだな。

と、思う事が多くあった。

 

なんで、こんなにやさしいお母さんに牙をむく真似をしたのか。

お母さんと仲良くなると、お母さんが大好きになった。

 

息子バカ優しいお父さんも大好きだった。

自分の我を通し、気に入らない事は全て跳ねのけるお父さんだった。

 

私の父、母とは性質が全て違う。

私は、愛情を貰って育った自負は無いが、思い返せば親への感謝は

多くあるけど、前夫の両親に接して改めて自分がアホでいられる安堵を

自分の両親は提供してくれた事を前夫の両親と関わる事で気づいた。

 

こんな事は弟妹に内緒だ。

 

 

マンション見てきたり、マーキングしたり、

要らないアンカを送ってきたり、私が植物好きだからって

スズランの苗とか、なんか色々鉢植え渡されたり

義理の両親も私と接するのに努力してくれたんだと思う。

 

どこまでもオカンな義理のお母さん。

仲良くなったのは、やっぱり、私が家出をして

帰ってきて受け入れてくれて

まずは仲良く、どうしたらいいか。そんな恐怖と戦うのを覚悟して

相手を知る為に、とにかく話を聞いた。

 

兎に角、彼の実家に週一でお邪魔する事を嫌がらなかった。

 

お母さんのごはんを食べて、お茶を飲んで

何が好きか、趣味や、最近行った場所、友達関係。

どういう考え方で、何が楽しくて何に一所懸命か。

 

 

クラスで気になる子だけど、話したこと無い子への接する為の近づき方に似てるな。

と思った。

 

向こうは多分、オープンだった。

私が疑心暗鬼になって、心を閉ざしたのが問題だったから上手くいかなかったのかもしれない。

 

相手は自分の親より一回り以上上だし。

 

時々、どや顔をやっぱりされるとムカついた。

 

でも、それもそのうち可愛く見えるようになった。

お母さんには娘が(私より一回り以上上)がいるけど、

正直、話聞く限り

 

どーしょーも無いから

 

 

これ、つけいる隙あるわ。仲良くなれるかも。

 

そこに一点、仲良くなる努力をした。

 

私は見事、お母さんから娘にも言えない娘の悩み等を聞く立場に

この後なるが、私は譲れないものが強すぎてなんかだらーんとする。

それは離婚する時の話。

 

お母さんのやさしさや手の温かさ、手の厚み、

私の手が寒いだろうと擦ってくれたくれた時、

もう、20半ばも過ぎてるのに、お母さんってこういう事してくれるんだ。

 

血が繋がってないのに。

嬉しい事もあった。

 

前夫とは離婚してしまったが、お母さんとお父さんに会うために

前夫と結婚したんじゃないか。と思う事が結婚していた当時、度々あった。

 

いまでも、前夫には悪いけどそう思う。